Contents
1. 導入:なぜ今、病院の台所事情を気にする必要があるのか
私たちの日常生活において「物価高」や「賃上げ」という言葉は、もはや避けて通れない現実となりました。スーパーの食品から光熱費に至るまで、あらゆるコストが上昇し、民間企業は価格転嫁や賃金引き上げによってこの激動に対応しようとしています。
ぜひ、動画もご覧ください。
しかし、私たちの命を守る「インフラ」である医療機関は、今、極めて深刻な構造的ジレンマに直面しています。一般的なビジネスとは異なり、医療の価格は国が決定する「診療報酬」によって固定されているからです。世の中の経済が「新たなステージ」へと移行する中で、医療現場だけが公定価格の制約によって身動きが取れなくなっています。令和8年度の診療報酬改定は、単なる点数の微調整ではありません。日本の医療が持続可能か、あるいは経営破綻の連鎖を招くかの瀬戸際で行われる、極めて重要な「生存戦略」の提示なのです。
2. 【衝撃】「物価高×固定価格」が招く、医療現場の経営麻痺
日本経済がデフレを脱却し、全産業で賃上げの機運が高まる中、医療機関の事業収益は悪化の一途をたどっています。他業種がインフレに対応して給与水準を引き上げる一方、医療分野ではそのスピードに追いつくことができず、人材確保がかつてないほど困難になっています。
医療は診療報酬でこの診療報酬は国が決めた値段で動いているので物価が上がっても給与を上げたくてもすぐには各医療機関対応できない
この「公定価格」という仕組みは、現在のインフレ局面においては経営を縛り付ける強力な足かせとなります。賃上げが遅れれば、優秀な人材は他業界へ流出し、残された現場は疲弊し、最終的には「救える命が救えない」という、医療提供体制の構造的崩壊を招くリスクが現実味を帯びています。単なる経営難という言葉では片付けられない、医療の根幹を揺るがす危機的状況にあることを直視しなければなりません。
3. 「直す医療」から「直し、支える医療」へ:2040年を見据えた劇的な役割交代
2040年に向けた日本の人口構造の変化は、医療のあり方に根底からの変革を迫っています。現役世代が確実に減少する一方で、85歳以上の超高齢者が急増するという未曾有の事態が待っています。さらに重要なのは、この高齢者の増え方は地域によって著しい格差があるという点です。
従来の「病院完結型」のモデルはもはや限界です。今後は、高度な技術で治療する「直す医療」と、退院後の生活を維持し、地域で継続的に支える「直し、支える医療」の機能分化を徹底しなければなりません。地域の特性、つまりそのエリアの現役世代の減少率や高齢化のスピードに合わせた「地域完結型」の提供体制を構築することこそが、限られた医療資源を最適化する唯一の道です。
4. 医療DXとタスクシフト:AIは「あったらいいな」から「生存戦略」へ
深刻な人手不足が避けられない現状において、医療DXやタスクシェア・タスクシフトはもはや効率化のためのツールではなく、医療機関が生き残るための「必須条件」へと昇格しました。
今回の改定方針で特筆すべきは、単なるプロセスの効率化だけでなく、以下の3点に重きが置かれていることです。
- アウトカム評価の推進: 従来の「何をしたか」というプロセスだけでなく、「どのような結果(成果)が出たか」というアウトカムに着目した評価へと舵が切られます。
- 基準の柔軟化による即効性: 人材確保に向けた取り組みとして、報酬上求められる各種基準の柔軟化が示唆されています。これは、現場の負担を即座に軽減するための「クイック・フィックス」として大きな意味を持ちます。
- イノベーションと経済発展の両立: ドラッグラグ・デバイスラグへの対応を強化し、最新技術を迅速に還元することで、「医療の質」と「経済の発展」の両立を目指す姿勢が鮮明になっています。
技術への投資を単なるコスト増と捉えるのではなく、持続可能な働き方を守るための投資として再定義することが求められています。
5. 「分かりやすさ」の嘘と誠:国民が納得できる制度への遠い道のり
診療報酬制度を維持するためには、現役世代の負担抑制と資源の重点配分が不可欠です。基本方針には「社会保障制度の安定性」と、国民の「納得感」を得るための取り組みが掲げられていますが、そこには理想と現実の深い溝が存在します。
実のところ、制度を複雑化し続けてきた過去の経緯を考えれば、真の「分かりやすさ」を実現するのは至難の業です。また、この問題は診療報酬という「価格設定」だけで解決できるものでもありません。医療法や補助金、保険制度全体を見据えた「総合的な政策対応」がなければ、物価高や賃上げという巨大な波を乗り越えることは不可能です。制度の限界を認めつつ、国民一人ひとりがヘルスリテラシーを高め、医療の価値を正しく理解するプロセスが不可欠となっています。
6. 結論:私たちの「命のインフラ」をどう守り抜くか
令和8年度の診療報酬改定に向けた基本方針は、日本の医療制度が「持続可能かどうかの瀬戸際」にあることを如実に示しています。物価高への対応、地域特性に応じた機能分化、DXによる生産性向上。これらはすべて、限られた資源の中で「命のインフラ」を死守するための、待ったなしの戦略です。
私たちが質の高い医療を享受し続けるためには、現在の「負担」と「サービス」のバランスをどうあるべきと考えていくべきか。この問いは、病院経営者や政策立案者だけでなく、サービスを享受する私たち国民一人ひとりに、重く、かつ切実な課題として突きつけられています。

