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はじめに:診療報酬改定の議論における「業務の簡素化」
本日は、診療報酬改定の議論の中で取り上げられている「業務の簡素化」という点について、これまでの改定の振り返りと、現在議論されている内容、そして現場が本当に求めている「簡素化」の姿について、私なりの見解をお伝えしたいと思います。
動画も配信していますので、よろしければご参照ください。
署名や記名押印を求める様式の見直しに関する議論
まず、これまでの診療報酬改定においても、業務効率化の観点から簡素化の試みは行われてきました。しかし、私個人の率直な感想を申し上げれば、それらの施策は極めて「部分的かつ小規模」な範囲に留まっており、現場への波及効果は限定的であったと感じています。
厚生労働省は現在、規制改革推進の観点から、診療報酬上で求められている署名や記名押印を不要にできるかどうか、その可否を検討する姿勢を見せています。

現在、署名または記名押印を求めている様式として示されているものは一部ですが、実際には加算の要件などを踏まえると、現場が対応しなければならない書類は数え切れないほど存在するのが現実です。

特に現場を疲弊させている事務負担
特に大きな事務負担として挙げられているのが、「入院診療計画書の作成」「リハビリテーションに係る計画書」「DPCデータの作成」といった業務です。
入院診療計画書は、診療報酬の通則に関わる非常に重要な書類です。そのため、どの医療機関も細心の注意を払って取り扱われていますが、その運用は非常に厳格です。「入院後7日以内に説明し、署名をいただき、診療録に添付する」という一連の流れは、適時調査等でも厳しく確認されるポイントであり、現場にとっては大きな心理的・時間的負担となっています。
さらに近年では、この計画書を多職種連携で作成することが求められるようになり、関わる職種が増えるほど、短いスパンの中で作成し、患者さんに説明するというタイムスケジュールが過密になっています。

リハビリテーション実施計画書についても、医師による説明や、本人・家族からの署名が厳格に求められています。


DPCの「様式1」の入力も、大きな負担として挙げられています。改定のたびに、入院全期間の評価が必要な項目や検査値が増え、入力の負荷が特に大きい項目が一定程度存在することが、今回の議論でも示されています。
これまでの診療報酬改定で進められてきた業務の簡素化
過去に行われた簡素化の内容を振り返ってみると、以下のような項目が並びます。
・医療安全会議等のICT活用(非対面開催の容認)
・院内研修の合同開催(抗菌薬適正使用と感染対策の統合など)
・重症度 医療・看護必要度の院内研修指導者に係る要件の見直し
・診療録の記載を不要とし、資料添付での代用を認める
・レセプト摘要欄における、選択式記載への移行
・施設基準の届出における様式の簡素化、添付資料の低減
・文書による患者の同意を要件とするものについて、電磁的記録でも良いことを明確化 など
これらは確かに一歩前進ではありますが、多くの方が感じているのは、やはり「限定的でしかない」ということではないでしょうか。負担が軽減する職種や人数が限られており、現場全体の負担軽減につながっている実感は乏しい、という印象を持たれている方も多いと思います。
アンケート結果から見える現場の実感
施設全体を対象としたアンケート結果を見ると、簡素化の必要性が高いものとして、「DPCデータの作成」(38.2%)と「各種計画書の作成(入院診療計画書・退院支援計画書やリハビリテーション実施計画書など)」(44.2%)が2トップに挙げられています。

さらに病棟単位でのアンケートでは、60%を超える回答者が「計画書の作成」を負担と感じています。特に看護師にとって、これらの書類作成と「署名をいただく」というプロセスは、日々のケアの時間を圧迫する要因となっています。

意思疎通が難しい患者や、遠方に住む家族の来院タイミングに合わせる必要があるケースなど、そのためにリソースを割かないといけないことも少なくありません。そうした細かな調整の積み重ねが、現場を疲弊させているといえます。
業務簡素化の逆行現象
病院経営コンサルタントとして多くの現場を見てきましたが、業務の簡素化が進むどころか、「加算を取れば取るほど、現場の業務が増えていく」という、皮肉な逆行現象が起きていると感じます。
AI技術の導入などが進んでいる一方で、診療報酬制度が求める事務作業(説明、署名、記録)は増え続けています。改定のたびに「また記録が増えた」「また新しい様式が増えた」という声が後を絶ちません。
もちろん、施設努力で効率化を進めている病院もありますが、診療報酬制度全体として見れば、「効率化を推進している」というよりは、むしろ「負担を増大させている」のが実情ではないでしょうか。
「その書類は誰のため?」今後の改定への期待
今回示された資料では、医療機関における記録や書類作成等の業務簡素化について「現状をどのように評価するか」という表現が用いられていました。
個人的には、評価の段階はすでに過ぎており、実際に改定として踏み込んでほしいという思いがあります。
前述の通り、診療報酬上の要件として求められている膨大な書類や署名が、現場業務を圧迫していることは明らかです。今、立ち止まって考えるべきなのは「その書類は、一体誰のために作成しているのか?」ということです。患者側から見ても、署名や説明が多いことに対して負担を感じているという声をよく耳にします。診療報酬上の要件を満たすため、あるいは監査(適時調査)で指摘されないためだけに作成されている書類は、本当の意味で「患者さんのため」になっているのでしょうか。
今後、診療報酬改定に向けた議論が進む中で、単なる「現状の評価」に留まらず、「医療者にとっても患者さんにとっても、本当に必要な書類とは何か」という視点に立ち、署名や書面要件の抜本的な見直しが積極的に進められることを切に願っています。
現場が本来の業務である「患者さんと向き合うこと」に専念できる環境を作る。それこそが、診療報酬における「業務簡素化」の真のゴールであるはずです。


