1. 導入:ニュースの「プラス改定」を鵜呑みにしてはいけない理由

テレビやネットのニュースでは「令和8年度の診療報酬改定率はプラス3.09%」という景気の良い見出しが躍っています。未曾有の物価高騰と深刻な人手不足に喘ぐ病院経営者にとって、一見すれば「国による救済」のように映るかもしれません。

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しかし、病院経営専門のコンサルタントとしての視点から断言しましょう。この「3.09%」という数字を額面通りに受け取り、安易な楽観論に浸ることは極めて危険です。数字の裏側には、経営の質を根本から問う、国からのシビアな「選別」のメッセージが隠されています。なぜこの改定が福音ではなく「生存競争の合図」なのか、その真実を数字に基づき紐解いていきます。

2. 【衝撃】売上が3%増えるわけではない?「改定率」の大きな誤解

最も注意すべきは、「改定率3.09%」が各病院の収入増を保証するものではないという点です。ここには、予算編成を狂わせる「計算の罠」が潜んでいます。

  • 「令和8年度=プラス2.41%」という現実: 最大の落とし穴は、3.09%という数字が令和8年度と9年度の「2年度平均」であることです。令和8年度の実際の改定率は「+2.41%」に過ぎません。 もし3.09%を前提に予算を組めば、期初から0.68%のショートに直面することになります。
  • 「国全体の予算」に過ぎない: この数字はあくまで「医療費総額」の枠組みです。点数が上がる項目もあれば、減算や廃止、基準の厳格化が伴う項目も存在します。
  • 加速する二極化: 算定項目の変化により、プラスを享受する病院と、実質マイナスに沈む病院の「二極化」は避けられません。

「単純上乗せ」の幻想を捨て、自院の機能が新基準に適合するかを見極めなければ、経営計画は砂上の楼閣と化すでしょう。

3. 利益はゼロ?「賃上げ分1.7%」の正体は医業収益のキャッシュフロー上の罠

改定率の半分以上、1.7%(2年度平均)を占める「賃上げ分」こそ、最も警戒すべき項目です。これは病院の自由な投資に回せる資金ではなく、単なる「経費の付け替え」に過ぎません。

  • 「後追い」補填の構造: 病院が職員に対してベースアップを約束し、先に人件費を支払う。その増え出したコストを国が診療報酬で補填する「後追い(人件費増を前提とした保管分)」の仕組みです。
  • 野心的な賃上げターゲット: 今回、一般職員で3.2%、看護補助者や事務職員については**5.7%**のベースアップが目標として掲げられています。特にサポートスタッフへの大幅な賃上げ圧力は、経営に重くのしかかります。
  • 年度別の時間差攻撃: 賃上げ分も令和8年度は**+1.23%に抑えられ、残りの+2.18%**は令和9年度に回されています。

人件費という支出が先行し、報酬が後から追いかける。このタイムラグは、病院経営に深刻なキャッシュフローの圧迫をもたらします。

4. 焼け石に水?「物価高騰対応0.76%」と実態の乖離

物価高騰対応として確保された0.76%(このうち病院分は0.49%)という数字は、現場の悲鳴とはあまりにも乖離しています。

病院経営を圧迫しているのは、光熱費、診療材料、委託費、修繕費といった「逃げられないコスト」です。ソースが示す具体的な数字を見てみましょう。

  • 食費:1食あたり40円の引き上げ
  • 光熱水費:1日あたり60円の引き上げ

電気・ガス代が数年前から2割以上上昇している現状において、この程度の単価増で何が変わるというのでしょうか。

「正直に言うと今の病院経営の厳しさを考えると焼け石に水に近い状況」 「止血レベルの話」

この言葉通り、今回の対応はあくまで致命傷を避けるための「止血」であり、経営の健康状態を取り戻すための治療ではないのです。

5. 高度医療機関への「特例」が示唆する、国が求める役割

大学病院などの高度医療機能を担う病院に対し設定された「プラス0.14%」の特例対応。これは国からの「条件付きの支援」です。

高度医療機関は、医療技術の高度化に伴い、競争が働きにくい市場から高額な医療機器を調達せざるを得ず、物価高の影響を先行して受けやすい特性があります。国はこの事情を汲み取る一方で、**「機能を調査・検証した上で対応を明確にする」**という姿勢を崩していません。

つまり、「高度な役割を果たしていると証明できる病院には出すが、そうでないなら出さない」という、実態調査に基づいた選別が始まろうとしているのです。

6. 国からの裏メッセージ:「自助努力で変わるものだけが生き残る」

今回の改定率の設計全体を俯瞰すると、政府の冷徹なスタンスが浮かび上がります。「賃上げは実現せよ。物価高にも耐えよ。ただし、医療費全体の膨張は認めない」という、矛盾に満ちた要求です。

ここから読み取れる真のメッセージは、**「経営改善や生産性向上は、病院側の自助努力で行え」という突き放した通告に他なりません。国は「調査・検証」という名の監視体制を敷き、経営実態を厳しくチェックします。今回の改定は、病院を守るためのものではなく、「病院が自らを変革し、適応できるかを試す試験」**なのです。

7. 結論:令和9・10年度を見据えた「終わりのない変革」への問いかけ

今回の改定の真の恐ろしさは、令和9年度の「不透明さ」にあります。

令和9年度には**+3.77%**という高い改定率が予定されていますが、これは決して確定事項ではありません。政府は令和8年度の病院経営状況を調査した上で、「さらなる調整(加減を含む)」を行うと明言しています。つまり、令和8年度に「自助努力でなんとかなっている」と判断されれば、令和9年度のプラス分が削られる可能性すらあるのです。

まさに「ダモクレスの剣」が頭上に吊るされた状態での経営を強いられることになります。

令和10年度以降も、この「実態に応じた調整」という名の生存競争は続きます。この「数字の魔法」が解け、補填という名の止血が終わった後、あなたの病院には何が残りますか?

コスト増を飲み込み、なおかつ自立して走り続けられる筋肉質な経営体質を、今この瞬間から構築できているか。令和8年度改定は、全ての病院経営者に「生存の資格」を問いかけているのです。