1. 導入:現場を揺るがす「マイナス40点」の衝撃とその先へ

病院経営に携わる皆さまにとって、令和6年度の診療報酬改定は一つの大きな転換点でした。身体的拘束最小化の基準を満たせない場合に課される「1日につき40点の減算」。この強力なペナルティは、単なるルール変更を超えて、病院全体に重いプレッシャーを与えたことでしょう。

しかし、令和8年度の改定案からは、国がさらに一段上のフェーズを目指していることが明確に読み取れます。それは、これまでの「取組の体制を整えればよい」という形式的なフェーズから、「具体的な実績(アウトカム)で評価する」という、より実効性を重視する厳しいステージへの移行です。もはやマニュアルを整備しただけでは、経営的なリスクを回避しきれない時代が始まろうとしています。

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2. 【転換点1】「体制」から「実績」へ:二段構えの新基準

令和8年度改定の最大の目玉は、基準が「体制基準」と「実績基準」の二本柱に再編される点にあります。

これまでは指針の策定やチームの設置といった「組織としての箱作り(体制整備)」が主な評価軸でした。しかし、今後はそれに加えて「実際にどれだけ拘束率を減らせたか」という具体的な数字、すなわち実績が厳格に問われることになります。

背景にあるのは、厚労省の「書類上の不備をなくすだけではなく、組織文化そのものを変えなければ意味がない」という強い意志です。次のような言葉で現場へ警鐘を鳴らしています。

「体制だけではなく実績等に関する基準というものが追加になりました」

この「実績基準」の導入は、病院にとって事実上の「運営許可証」としての意味合いを強めます。単なる努力目標ではなく、組織的な風土の醸成がなされているかを、客観的なデータで証明し続けなければならないフェーズに突入したのです。

3. 【転換点2】ついに「計算式」が判明:拘束率の透明化

これまで各病院の裁量に委ねられていた「身体的拘束の実施割合」について、ついに明確な算出方法が提示されました。

  • 算出式:直近3ヶ月の実績値として「身体的拘束実施日数 ÷ 入院料算定延べ日数」

ここで注目すべきは、分母が「入院料を算定したすべての延べ日数」となる点です。これにより、病院間の比較が極めて容易になり、透明性が一気に高まります。

また、現場にとって重要な「身体拘束の行為」についてもルールが示されました。センサーなどの活用により、身体的拘束として算入しなくても良い(除外できる)ケースが明確化されたのです。

もし実績が基準値を満たさない場合は、減算を回避するために以下の3つの条件を「継続的に」実行することが義務付けられます。

  1. 3ヶ月に1回以上の委員会開催: 形式的な開催ではなく、実効性のある議論が求められます。
  2. 専門チームによるラウンドの徹底: 身体的拘束を実施している病棟等へ実際に出向き、解除に向けた代替案を繰り返し検討し続けること。
  3. 年2回以上の職員研修: 全職員への意識浸透を図ること。

これらは単に「やった」という記録を残すだけでは不十分であり、PDCAサイクルを回し続ける運用実態が厳格に評価されます。

4. 【転換点3】「減算」の緩和と「加算」の新設:アメとムチの再設計

今回の改定は、単なる引き締めだけではありません。努力を続ける病院を評価する「アメとムチ」の再設計が行われています。

  • 減算規定の見直し(ムチの柔軟化): 現在は一律40点の減算ですが、実績が伴わなくても「体制整備の努力」が認められれば、40点よりも(おそらく)低い減算点数で留まる仕組みが検討されています。これは、体制を維持し続けること自体の価値を一定程度認める緩和策と言えるでしょう。
  • 「身体的拘束最小化推進体制加算」の新設(アメの提供): 質の高い取り組みを行う病院を評価する新加算が登場します。対象となるのは、療養病棟、障害者施設等、有床診療所、地域包括ケア病棟等です。 この加算を得るためには、高い実績に加え、病院全体での取り組み内容を「ウェブサイト等で公表すること」が求められます。情報の公開性が、直接的に収益へと結びつく構造になります。

5. 研修内容の深化:手技よりも「尊厳」と「代替案」

体制基準における「研修」についても、その質が問われるようになります。今後は、単に「開催した」という実績だけでなく、以下の内容を盛り込むことが必須条件となります。

    • 身体的拘束の代替手段について
    • 患者の尊厳保持の重要性について

なぜ教育の質がこれほど重視されるのか。それは、教育の質こそが「実績(数字)」を動かす最大のレバーだからです。拘束を「現場の安全のために仕方ないもの」と捉えるか、「尊厳を損なう、回避すべき最終手段」と捉えるか。この意識の差が、代替案(センサーの活用など)を模索する執念に繋がり、最終的な実績値の差となって現れるのです。

6. 結び:令和8年度に向けて、私たちは「数字」とどう向き合うべきか?

まずは自院の現在地を、今回示された計算式で把握することから始めてください。数字は嘘をつきません。そしてその数字を改善していくプロセスこそが、これからの病院経営の健全性と、提供する医療の質を証明する唯一の手段となるのです。