1. 導入:医療現場を縛る「専従」という名のジレンマ

高度な専門スキルを持つ看護師が、目の前のナースコールに対応できず、デスクで書類と格闘している――。日本の医療現場において、こうした「制度上の不条理」は日常茶飯事です。その元凶となっているのが、診療報酬制度における「専従要件」という厳格なルールです。

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質の担保という大義名分の下、特定の業務にのみ従事することを強いるこの仕組みは、時として深刻な「組織の硬直化」を招いてきました。経営的な視点で見れば、これは極めて大きな「機会損失」であり、現場の「もったいない」という悲鳴そのものです。

しかし、令和8年度の診療報酬改定に向けた議論では、この「専従」のあり方が平成30年度以来の大きな転換期を迎えようとしています。長年、現場を縛り続けてきた「当たり前」が、どのように「人的資本の最適化」へと舵を切るのか。その本質を解き明かします。

2. 「手が空いているのに動けない」の解消:業務外時間の有効活用

今回の改定議論において最も注目すべき1つは、医療安全管理や感染対策向上加算などに配置される「専従者」の業務範囲の明確化です。

これまで、加算業務以外の時間に「何をして良いのか、何をしてはいけないのか」という線引きは極めて不透明でした。そのため、能力の高い人材を抱えながらも、他業務への支援を躊躇せざるを得ないというミスマッチが生じていたのです。この不透明な領域を「関連業務への従事」として定義し直すことで、リソースの最適化を図る狙いがあります。

ただし、現場の期待と制度の現実には、まだ隔たりがある点には注意が必要です。ソース内では以下のような切実な声が紹介されています。

「この業務やって欲しいのに頼めないんだ、その時間例えば外来出て看護師さんやってくれればいいのに……というところとかもあったりするので、緩和や明確化が進むのはいい方向」

現場の本音としては「外来での看護業務」までの解禁を望む声がありますが、現時点での議論はあくまで「関連業務」への関与を認める方向です。全面解禁ではないものの、不透明だった「グレーゾーン」が整理されることは、経営側にとって「運用の柔軟性」を高める大きな一歩となることが期待されます。

3. 大病院の「分担制」:複数人によるチームプレーへの転換

病床規模の大きい病院において、専従業務は一人では行いないため複数の専従者が配置されているケースがあります。複数のスタッフで役割をシェアしているため、ときには空いた時間もありますが、これまでは加算業務のない時間の取扱が不明確でした。そこで今回の改定で、空き時間に他業務を行える可能性が出てきました。

4. 病棟の壁を越えるリハビリ職:地域・外来へのシームレスな支援

リハビリテーション職の専従要件についても、これまでの成功事例を水平展開する動きが見られます。

かつて平成30年度改定において、回復期リハビリテーション病棟では「入院患者への退院前訪問」や「退院後3ヶ月以内の外来リハビリ」への従事が先行して認められました。令和8年度の議論では、この「H30成功モデル」を、地域包括ケア病棟の専従者などの新たな領域へ拡張しようとしています。

  • 地域包括ケア病棟等の専従療法士による、入院患者への院外訪問指導
  • 退院後3ヶ月以内の患者に対するシームレスな外来リハビリ提供
  • 病棟内という物理的な制約を越えた、地域完結型医療への参画

病院完結型から地域完結型医療への移行を加速させる上で、専門職が「病棟の壁」を越えることは不可欠です。これは単なるルールの緩和ではなく、患者のQOL維持という本質的な目的達成のための戦略的な布石と言えます。

5. 諸刃の剣?「明確化」がもたらす現場への緊張感

緩和と明確化の動きは歓迎すべきものですが、「明確化」とは、裏を返せば「柔軟な解釈」という名の曖昧さによって守られていた部分が、細分化されたルールによって逆に裁量を奪われる、いわゆる「首が閉まる」状況を招くリスクについても、慎重なモニタリングが必要です。制度の「余白」をどう維持し、実効性のある管理体制を築くかが、今後の病院経営の鍵となります。

6. 結論:令和8年度、医療現場の「余白」はどうデザインされるか

令和8年度の診療報酬改定は、長年続いてきた「専従という名の拘束」を解き放ち、医療機関に新たな「経営の自由度」をもたらす可能性があります。

これまで形式的なルールによって封じ込められてきた専門職のポテンシャルを、いかに「価値を生む余白」へと転換し、再配置するか。これは単なる制度対応ではなく、病院経営層に突きつけられた「働き方のデザイン能力」の試験でもあります。