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はじめに:今回取り上げる調査の位置づけと全体の流れ
本記事では、独立行政法人 福祉医療機構による「病院経営動向調査」についてお話しします。
この調査は、病院とその運営法人の「現場の実感」を調査し、その運営実態を明らかにすることで、今後の病院経営や医療政策の適切な運営に寄与することを目的に、四半期ごとに実施されている非常に重要なデータです。
9月の調査結果が2025年10月3日付けで公開されましたので、そこから2025年度の上半期の病院経営の状況を一緒に見ていきたいと思います。
流れとしては、調査の概要、上半期の実績・見込み、病院類型別の医業利益の変化、経営上の課題トップ3、医業費用が増加見込みとなる理由、という順番で進めます。
動画も配信していますので、よろしければご覧ください。
【出典】 福祉医療機構「病院経営動向調査(2025年9月調査)」
https://www.wam.go.jp/hp/wp-content/uploads/hp_survey_202509.pdf
先に本記事のまとめをお伝えします。
単純に考えても、今は費用の増大に対して病院収益(医業収益)の増加が追いつかない構造になっています。公共料金などの値上げも相次ぐ中で、医療費の値上げをどう考えるのか、という点が重要な局面に来ていると感じています。
また個人的には、診療報酬改定の議論が進んでいる中ではありますが、現在の診療報酬点数「1点=10円」という仕組みがこのままでいいのか、というシンプルで分かりやすい検討も必要ではないかと思っています。
調査の概要(対象・期間・公開日)
福祉医療機構が四半期ごとに実施している病院経営動向調査の、2025年9月調査の概要です。

2025年9月1日から22日の期間にWeb上で実施され、有効回答数は病院が247施設(有効回答率70.0%)、医療法人が152法人(有効回答率66.1%)となっています。
回答いただいた病院の内訳を見ると、一般病院が151施設、療養型病院が54施設、精神科病院が42施設でした。
このうち、一般病院では200床未満の病院が100施設と過半数を占めています。このサンプル属性からも、地域の中核を担う中小病院のリアルな声が反映されていることが分かります。
上半期の実績・見込み(2024年度上半期との比較)
病院全体の上半期の実績・見込みは、2024年度上半期と比較したデータです。
• 医業収益: 増加見込みの病院は24.5%でしたが、減少見込みも18.4%でした。横ばいと回答している病院は約6割を占めていました。
• 医業費用: こちらは増加見込みの病院が44.7%と半数近くに達しているのに対し、減少見込みはわずか6.9%に留まりました。
このデータが示す通り、収益が増加する病院よりも、費用が増加する病院の割合が圧倒的に高いのです。
そして、この収益と費用の増減ギャップが、最終的に「医業利益」に大きく影響しています。
医業利益の見込みと悪化傾向の構造
• 医業利益: 増加見込みは21.1%でしたが、減少見込みは43.0%に上りました。

実に4割以上の病院が利益の減少を見込んでおり、特に15%以上の大幅な減少を見込む病院が15.7%に達しているという状況です。
収益自体は増えている病院もあるにもかかわらず、それ以上に物価高騰や人件費高騰が重なり費用が増加しているため、結果的に利益が悪化するという傾向が色濃く出ています。
これは、まさに病院経営が直面している「構造的な利益悪化」の傾向を示しています。
病院類型別に見る医業利益の違い
2025年9月の単月の調査を、病院の類型別に見ていくと医業利益にも違いがありました。
こちらは経営状況を示すDI値(ディフュージョン・インデックス:増加/黒字/容易などの回答割合から、減少/赤字/厳しいなどの回答割合を差し引いた指数)を見ています。

2025年調査の単月の結果では、一般病院は-34から-43、療養型の病院では-43が-37とやや改善傾向、精神科は-24が-31となっています。
先ほど、医業利益の増加見込みが21%ほどあるのは少し意外に感じたのですが、療養型病院の増加が反映している可能性があります。
一方で、一般病院や精神病院は医業利益が減少していることを表した結果でした。
経営上の課題トップ3に表れた共通の苦しさ
次に、経営上の課題についての回答です。
病院類型を問わず、経営者が直面している課題のトップ3は共通していました。

1. 人件費の増加
2. 人件費以外の経費の増加
3. 職員確保難
改めて、これらが経営上の主要課題として浮き彫りになっています。
グラフで表したものがこちらです。

まず、人件費以外の経費の増加は、一般病院で72.8%、療養型病院で70.4%、精神科病院で71.4%と、全ての類型で7割を超えています。
これは、電気代やガス代などの高熱費、そして医療材料費や医薬品などの物価上昇が、病院の運営コストを直接圧迫していることを示しています。
そして、人件費の増加も、一般病院69.5%、療養型病院70.4%、精神科病院61.9%と、依然として高い割合を占めています。
職員確保難については、特に精神科病院で回答割合が69.0%に達しており、他の類型(一般45.0%、療養38.9%)と比べて際立って高い結果となりました。この慢性的な人手不足が、精神科病院の経営課題の中心の一つとなっていることが分かります。一方で、人材確保が難しいからなのか、人件費の増大という項目は他よりやや低めに出ていることが予想されます。
ただ、「人件費の増大」と「職員確保難」は、経営上は相反する課題として並んでいるようにも感じています。
つまり、人の確保が課題でありながら、人件費の増加も課題になっている。人をより確保できれば、その分だけ人件費はさらに増大します。結果として、人を増やしたくても増やせない状況も生じているのではないかということで、非常に難しい経営構造に直面している現状が見えてくると思いました。
医業費用が増加見込みとなる理由
医業費用が増加見込みの理由については、これまで見てきた傾向と同じでした。

病院全体で最も多かったのは人件費に関する理由で、「従業員の数が増えた」と「従業員1人あたりの人件費が増加した」の2つを合わせると50%を超える状況です。
つまり、人件費の増加が医業費用増加見込みの理由の約半分以上を占めている、というのが病院全体の傾向として見えてきました。
ただ、残りの半分近くは人件費以外の経費の増加です。人件費とそれ以外の経費という2本柱のコストが重くのしかかっていることがよく分かる調査結果だったと思います。
こうしたコスト上昇に対して診療報酬が見合っていないことが、病院の収益構造として問題になっているということだと受け止めています。
物価や人件費が継続的に上昇し、多くの企業が公共料金やサービス価格の値上げに踏み切っている中、病院の収益の大部分を占める診療報酬は2年ごとの改定時まで増えることはありません。
この状況が続けば、病院経営はさらに悪化の一途をたどるでしょう。
まとめ:費用増に収益が追いつかない構造と「1点10円」に対する提言
冒頭で申し上げた通り、物価と人件費という2つの費用が増大する中で、収益が追いつかない構造になっています。公共料金などの値上げも相次ぐ中で、今後、医療費の値上げをどう考えるかは、深刻な検討課題だと思います。
現在、来年度の診療報酬改定の議論が進んでいる中ではありますが、単純に考えても物価と人件費が増大している中で、診療報酬の点数は今も「1点=10円」で計算されています。この構造そのものが今のままでいいのか、もっとシンプルで分かりやすい方法の検討も行っていく必要があるのではないか、というのが最近個人的に感じているところです。
例えば、物価が何パーセント上昇したら、診療報酬単価もそのパーセント分引き上げる、これにより物価に追いつく収益構造をタイムリーに実現することが可能になります。現在の改定サイクルである2年ごとに複雑な調整を行うよりも、経済状況にダイレクトに対応できる、柔軟な仕組みが必要だと感じています。
病院経営の状況は今年度も非常に厳しいですが、私たちはこれらのデータと課題を正確に把握し、現場の努力が報われるような、根本的な構造改善を求めていく必要があります。
本記事が参考になったという方は、是非、この危機的現状について、多くの方と共有していただけると幸いです。

