こんにちは。病院経営コンサルタントの勝又です。本日は、看護師の給与の実態【前編】について説明いたします。
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看護師の給与は本当に上がらないのか?データから見る実態
看護師の給与や離職については、医療現場に関心のある方なら一度は耳にしたことがあるテーマではないでしょうか。「給料が上がらない」「辞める人が多い」といった声がある一方で、実際の数字はどうなっているのか――今回は、看護協会が毎年発表している「病院看護実態調査報告書」などの公開データをもとに、現場の実態を徹底検証していきます。
併せて、病院が看護師の賃上げに対してどのような難しさを抱えているのかという視点からも、医療経営の現実を紐解いていきます。
2024年度 看護師の給与データ
まず取り上げるのは、「2024年度 病院看護実態調査報告書」に掲載された給与データです。この調査には、2023年度と2024年度の実績が記載されており、看護師の「平均基本給与額」と「平均税込給与額」が明示されています。税込給与額には、通勤手当・住宅手当・家族手当・夜勤手当・当直手当等が含まれており、ただし新卒者に限っては家族手当は除外、かつ単身民間アパート居住が前提とされています。
この報告書によると、2024年度の新卒看護師(高卒3年課程)の平均税込給与は27万6,000円、新卒看護師(大卒)は28万4,000円。一方で、勤続年数10年前後、年齢で言えば31〜32歳の非管理職看護師は33万4,000円という結果になっています。
給与は昨年度よりも上昇傾向に
2023年度の実績と比較してみると、明らかにすべての層で給与が上がっていることが分かります。
- 新卒看護師(高卒3年課程):26万6,000円 → 27万6,000円(+1万円)
- 新卒看護師(大卒):27万4,000円 → 28万4,000円(+1万円)
- 勤続年数10年前後の看護師:32万6,000円 → 33万4,000円(+8,000円)
つまり、基本給に加えて各種手当を含めた「税込給与」は、前年度よりも着実に上昇しています。これは処遇改善の取り組みが少しずつ効果を出している証拠ともいえるでしょう。
地域による給与格差も明確に
同じ報告書の中には、都道府県別に勤続年数10年前後(31~32歳)の非管理職看護師の平均給与も掲載されています。たとえば東京都や神奈川県では約36万円という比較的高い水準が見られたのに対して、高知県、宮崎県、鹿児島県では29万円台という結果になっており、最大で6万円近い格差が生じています。
もちろん、この差は単に給与だけで比較できるものではなく、地域ごとの物価や家賃、通勤環境なども大きく影響します。たとえば、実家から通勤できる看護師が多い地域では、住宅手当などが支給されない場合もあるため、単純な金額の比較には注意が必要です。
看護師の給与推移はどうなっているのか
次に、看護師の給与が長期的にどう変化してきたのかを見ていきます。「2024年度 病院看護実態調査報告書」では、新卒看護師の初任給の推移も明らかにされています。2018年度から2021年度までは多少の減少傾向が見られましたが、2022年度以降は再び上昇傾向に転じています。特に2023年〜2024年にかけては明らかな上昇は見られ、給与改善の動きがみられます。
また、勤続10年目の看護師の給与推移についても同様に上昇傾向が見られます。2008年頃から2021年まではほぼ横ばいだったものの、2022年以降は毎年着実に上がっており、特に2024年度には処遇改善によって年間で1万2,000円ほどの上昇が確認されています。この背景には、コロナ禍以降の医療従事者の処遇改善が国の政策として進められたことや、2024年度の診療報酬改定で新設されたベースアップ評価料も影響していると考えられます。
経営形態ごとの給与差も浮き彫りに
さらに、「第24回 医療経済実態調査」によると、病院の経営母体ごとにも看護師の平均年収には違いがあることが明らかになっています。このデータでは、平成27年度から令和4年度までの期間で、医療法人、国立、公立、公的、社保法人などの病院に勤務する看護師の平均年収の推移が比較されています。
たとえば、医療法人では長らく横ばいだった平均年収が、令和4年度には急上昇している一方で、公的病院や国立病院などでは、徐々に右肩上がりに推移している様子がデータから読み取れます。全体として、令和3年度と比較して年収は4万円から19万円上昇しており、経営母体による差があるものの、一定の改善がなされていることは確かです。
他業種と比較すると給与水準は高め
さらに、「令和5年度 賃金構造基本統計調査」に基づくデータも確認してみましょう。この調査によると、看護師の平均年収は508万円、平均月収は32万7,000円、平均年間賞与は73万9,000円。平均年齢は41.9歳、平均勤続年数は8.6年とされています。
この平均年収を他職種と比較してみると、サービス業の289万円や事務職の303万円、製造業の335万円などと比べて看護師の給与水準は高めであることが分かります。管理職を除くほとんどの職種と比べて、看護師の収入は安定しており、一定の専門性が評価されていることがうかがえます。一方で、医師や弁護士、ITエンジニアなどの上級専門職に比べると給与水準は控えめであり、社会的役割の重さや業務のハードさと比較して「割に合わない」と感じる声も一定数あるのが現実です。
夜勤手当が給与を押し上げる実態
看護師の給与が他職種と比べて高めに見える背景には、「夜勤手当」の存在があります。夜勤手当は、看護師の収入を実質的に押し上げている重要な要素です。
2023年度の病院看護実態調査によれば、夜勤手当の平均額は以下のようになっています。
- 三交代制 準夜勤:4,234円/回
- 三交代制 深夜勤:5,199円/回
- 二交代制 夜勤:1万1,368円/回
さらに、夜勤の月平均回数は、三交代制で7.4回、二交代制で4.8回となっています。そのため三交代制の看護師であれば約3〜3.5万円程度、二交代制の看護師であれば、約5万円程度の夜勤手当が毎月の給与に加算されていることになります。この夜勤手当があるからこそ、看護師の平均年収が500万円を超える水準に保たれているともいえ、逆に言えば夜勤を行わない勤務形態の場合、収入が大きく減少するリスクもあり、公開データによる給与水準では一概には比較できない現実があります。
夜勤に入ることが困難な看護師の実態と病院側の対策
夜勤手当が看護師の給与を大きく引き上げている一方で、すべての看護師が夜勤に入れるわけではありません。実際に、夜勤ができない看護師も少なくないのです。2024年度の病院看護実態調査報告書によると、夜勤をしていない看護師がいる病院に対して、「なぜ夜勤に入らないのか?」という理由を複数回答で調査した結果、最も多かったのが「子どもの世話」でした。次いで、「体力的な問題」「家庭の事情」などが上位に挙げられています。
このように、特に子育て世代の看護師は、夜勤に入ることが困難なケースが多く、それに応じた柔軟な勤務体制が求められています。夜勤を回避できる働き方が確立されつつある一方で、その分、夜勤に対応できる看護師に業務が集中するという課題も浮かび上がっています。
そこで、病院側では夜勤従事者を確保するために様々な工夫をしています。夜勤手当の増額はもちろん、夜勤の時間や回数、曜日を柔軟に調整したり、月に1回だけ夜勤に入れるような「短時間夜勤制度」の導入を試みる病院も増えています。また、「夜勤専従者制度」も近年注目されており、昼間は働かず、夜勤だけを担当する専門スタッフを確保することで、夜勤可能なスタッフへの負担を軽減しようという試みも見られます。
看護師の離職率は改善傾向にある?
続いて、看護師の離職率についても注目してみましょう。これについても、2024年度の病院看護実態調査に最新のデータが掲載されています。看護師の離職率については、「どんどん悪化している」といったイメージを持たれがちですが、今回の調査結果ではむしろ横ばい、もしくはやや改善している傾向が見られます。特に新卒看護師の離職率は、2019年度には8.6%、2021年度には10%を超えていたものの、2023年度には8.8%まで改善しています。もちろんまだ高い水準ではあるものの、改善の兆しが見られることは希望の持てるデータといえます。
一方で、既卒看護師の離職率については、2020年度には14.9%と比較的低かったのに対し、近年は16%前後で横ばいが続いています。これは、仕事内容や労働環境に対する不満、キャリアの行き詰まりなど、さまざまな要因が複雑に絡み合っていると考えられます。
退職者数の推移と病院の現場感覚
最後に、退職者の増減状況についても触れておきます。2022年度と2023年度を比較すると、「退職者数が増加した」と回答した病院は、2022年度には34.9%でしたが、2023年度には30.8%に減少しました。
このように、メディアでは離職や退職が増えているという印象が強く報じられがちですが、実際の病院現場のデータを見てみると、一部で落ち着きを取り戻しつつあることもうかがえます。もちろん、病院によっては依然として厳しい人材確保の課題を抱えているところも多く、一概に全体が改善しているとは言えません。それでも、統計上は「右肩下がり」とまでは言えない状況が見えてきたのは、注目すべきポイントです。【後編に続く】